留学記

【孤独と戦う留学記】17歳で一人アメリカへ行った話⑥プロム

プロム準備 

 12月〜2月にかけて私の留学生活はハプニングの連続だったが、留学後半は学校生活も家族との生活も安定していた。

 学校生活にも慣れ、仲のいい友達も増えていたこともあり次第に笑顔も増えていった。

「プロムパーティーの相手は見つけたか?」

学校へ向かう車の中でお父さんに突然聞かれた。

 アメリカでは卒業パーティとして「プロム」という大きなダンスパーティーがある。友達同士の参加もOKだが、男女で参加する人の方が多い。女性は綺麗なドレスを身にまとい、男性はスーツをきて参加する。

 日本に恋人がいたことと、プロムに参加するにはお金がかかることから、行く予定はないと告げる予定だったが、お父さんは嬉しそうに「君のプロム相手を探したんだ!」とこちらを見ながら微笑んでいる。

 行かないとは言えなかった。

 プロム相手は妹の家庭教師としてたまに家にも遊びにきていたので、その子となら緊張もしないし楽しそうだと思い、プロムへの準備を進めた。と言ってもレンタルタキシードを予約しただけだったが(笑)

プロム当日 

 プロム当日は、私が相手のお家へ迎えに行き、一緒についてきていたお父さんと妹がたくさん写真を撮ってくれた。
 
 前のホストファザーの家にもタキシード姿を見せに行き、二人で写真を撮った。前までは、追い出された家の人に会いに行くのが理解できないと言っていたお父さんも、私たちの気持ちを汲んでくれて、ホームパーティーをする時は前のホストファザーを呼んでくれた。

 プロムは学校の体育館で行われた。2年に1度船の上で行われるようだが、私はその年には当たらなかった。

 私はあまりパーティーが好きな性格ではなかったので、ダンスフロアで踊るよりもそのほかの催し物を見たり、みんなが楽しそうなのを見ていることの方が楽しかった。私のプロム相手も私のぼんやりに付き合ってくれた(笑)今思えば申し訳ない…

占い師の言葉 

 なぜか、プロム会場に手相占いがあり誰も人がいなかったので、占ってもらうことにした。

「あなたは、本当の自分を隠して生活していますね〜」と言われたので、「英語も話せないし、自分の気持ちを言葉にはできない環境からだと思います」そう告げると、「私の日本語よりはるかに上手だわ!私は英語しか話せないわよ!(笑)あなたは英語も日本語も話せて羨ましいは!」

 そう言われ、自分のできないことにしか目を向けていないことに気がついた。

 確実に最初にきた頃よりは英語力は上がっている。前期のアメリカ史はわからない事ばかりだったが、後期の世界史では第二次世界大戦のトピックの時には日本ではどのような教育が行われているかについてもみんなの前で説明できるくらいの英語力はついていた。

 私はここまで成長できた。いろんな人の助けや、支援を受けてここまでこれたことは確かだが、悩みながらも自分自身で選んだ道で自分が望む自分自身になれている。そう確信する事ができた。

 余談だが、プロムでの1番嬉しかったことは、100ドルが当たったことだった。プロムのタキシード代は賄えた!そんな気分だった(笑)

 借金をしている身だったので最後までお金にはシビアな留学生活だった。

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