留学記

【孤独と戦う留学記】17歳で一人アメリカへ行った話③ホストチェンジ

ホストチェンジ

 バレンタインデーが近づく2月上旬ごろ、私は自分の部屋から宿題を持ってリビングへ向かった。アメリカへ来てもう半年が経っていた。

お父さんに話があると告げられ、椅子に腰掛けた。

「イッシー、君はこの家を出ていかなければならない。次は兄弟がいる家族のところへ行った方がいい。その方がたくさん英語を話し、英語が上達するはずだ。」

突然、ホストファザーから告げられたホストチェンジ。

この家は、お父さんと私の二人暮らしだったが、会話がなかった訳ではなく、ご飯の時や宿題を教えてもらう時などは会話をしている方だと思っていた。

こんなに居心地がいい場所はない、絶対に引っ越しはしたくない。

泣き虫な私はその時も泣きながら、どうしても引っ越しはしたくないことを何度か告げたが、だだをこねる私に嫌気をさしたのだろう。

最後は、

「Because I don't like you」(なぜなら君が嫌いだからだよ。)

そう告げられた。


息と涙が止まった。

大きな息を吸った後に、「OK」と告げて自分の部屋がある地下室へと向かった。

ホストファザーへの思い

 ベッドで涙を流しながら、お父さんとのこれまでの思い出を振り返っていた。

 英語ができない私に、いろんな単語を並べて発音の練習をしてくれたのはお父さんだ。破裂音を教えるときは一枚の紙を顔の前で持ち、「C、C、C」とお手本を見せてくれた。日本人はRとLの発音が苦手だからと何回も教えてくれて、イッシーは上達が早いと褒めてくれた。

 部活の試合があるときは欠かさず応援に来てくれた。

 私の成績が良いと、「Great Job.こんなに良い成績は今まで初めて見たよ!」と書いた付箋紙を貼ってくれた。「この子はとっても優秀なんだ!」と仲の良いお父さんのお姉ちゃんにも報告をしていた。

 私が作ったポーク卵ライスを食べて、こんなに美味しいのは食べたことがない!いろんな人に食べさせたい!と話してくれた。

 学校で差別を受けた時だって、辛い経験をした私を慰め、励ましてくれたのはお父さんだ。

 この半年間、私は他人でも本当の家族のようになれることができるんだといつも思っていたし、お父さんには感謝の気持ちを忘れることは絶対になかった。

 頭では泣いていてはダメだと分かっていても、何時間も泣き続けた。こんなに辛いことは今までになかったが、これ以上お父さんを困らせてはいけない。明日は元気よく過ごそう。そう思って眠りについた。

今ならホストの気持ちがわかる。異国からきた英語が話せない17歳の男の子を面倒見るのは大変だっただろう。ましてや、英語が話せない事や些細な事で涙を流すような子だ。誰だって最初は心配してくれるだろう、だけど、私でもきっと疲れてしまう。半年間もお世話してくれたことの方が凄いくらいだ。

ホストチェンジをした理由は100%私の留学への準備不足である。英語はおろか、自分の感情のコントロールができず、気持ちの切り替え方が下手くそだったからだ。これから留学する学生にはいつも伝えていることがある。

英語力の向上と前向きに捉える姿勢を出発前に身につけていくことが、留学を成功させる鍵だと。

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